循環器内科開業医の病気、世の中、生きる悩みについての独り言です


あなたは原爆のそばで眠れますか?
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         あなたは原爆のそばで眠れますか?

 私は個人的にはいろいろ問題のある内科開業医で、放射線の専門家でも、政治家でもありません。そんな素人が感じたことを書きます。

核分裂反応はある臨界点を超えると止まることなく勝手に持続し、その連鎖し拡大する反応を放置すれば暴走して爆発にいたることもあります

原子力爆弾はこの爆発を必ず起こすように設計されたものですが、爆発による急性の大きな被害とその後に持続する放射能障害という2つの影響をもたらします。

原子力発電所(原発)は核分裂反応が勝手に持続しうる臨界に持ち込んで(稼動)、そこで発生する熱エネルギーを利用して発電しています。そこで安全のためには臨界を越えて暴走しないように絶えず冷やして臨界を維持することが重要なのです。この臨界を維持できずに越えると、その高熱によって核燃料を入れている容器が溶けて(炉心溶融)放射能汚染を起こしたり、爆発を起こしたりします。

今回自動的に制御棒が上がって原子炉が緊急停止しているにも関わらず、炉心溶融と水素爆発によって放射性物質を広範囲にまき散らすに至った福島第一原子力発電所事故は2つのことを我々に教えてくれました。1つは原発にとってハードとしての安全にとって一番重要な冷却系が完全ではないこと、もう一つは危機に対してのソフトとしての人の対応が今回のように不十分でありうるということです。

 電力会社でありながら、電源(結果的にバックアップが不十分でしたし、今は予備電源がありますというテレビCMからは関西電力も同様でした)を失うことで制御室が無力となり、臨界を越えた状態を続けたのは笑い話にもなりませんが、とにかく緊急炉心冷却装置が作動しない場合があるということがわかったのです。また稼働中の核燃料自体を冷やす一次冷却系の損傷への対応は高濃度の放射能のため人では難しいにもかかわらず、それを想定していたロボットなどでの対応案をなおざりにしていました(最近それなりの対応例の発表がありましたが修理をできそうにはなく私には不十分に思われました)。

事故後すぐは防波堤の高さなど次の地震への対応の話ばかりが出ましたが、私には不思議でした。もしも私がテロリストなら制御室を短時間でも爆破などで緊急炉心冷却装置が作動しないように沈黙させておいて、修理の難しい一次冷却系の配管なりの一部を破壊する。そして原子炉を収納する建屋の一部を破壊します。今回何とかこのレベルで終われたのは放射能汚染に目をつぶっても原子炉を囲んでいる建屋全体を水がめとして水をはることで100℃以下へ下げる努力をしたからです。でも建屋に穴があれば水をはることはできなくなります。例えば注水の努力を開始した時点でたった一機の飛行機が建屋の外壁に飛び込めばほぼ100%東京を含む東日本は壊滅的な打撃を受けたのです。原子炉緊急停止後でも攻撃する時間的余裕はあったのです。今回の事故は少なくとも攻撃するポイントと、それが可能であったことを教えてくれたのです。素人の思いつきでしたから同じことを考えた人はきっとおられたと思いますが、後日出た“第2制御室”設置案からすると皆さんの不安をあおらないために出されなかっただけなのかもしれません。

 あの日以後、現地でそれ以外の場所で危険を顧みず懸命に尽力された東京電力の人たち、自衛隊の人たち、その他の方々に心からの敬意を払いたいと思います。そして口だけで批判することは簡単だとわかっているつもりです。それでもあえて書かせてもらいます。人である限り間違うことがあることは当たり前です。しかし東京電力担当者が異常高値を示す温度表示を無視するとした発言をしたとき、結果がどうであれ申し訳ないですが彼らは科学者ではないと感じました。私は医師として重症患者さんを担当していて、絶えずその方のことを考えていたのですが、重症の方においては全ての可能性を網羅することが必須であると、その中で学びました。簡単には例え一つの方針を選んだとしても、もしもこれが正しくなければどうかという質問を自分に対していつもしておくということです。これにより間違えていた場合に、その兆しをより早く見つけだし、すぐに対応できるからです。そして可能性の中では、より悪い状況を想定して対応を選ぶように心がけました。良い状況を想定して間違えていれば患者さんは死ぬからです。結果ではありますが、すでに炉心溶融の起こっている段階で、彼らは炉心溶融は起こっていないという安易なほうの間違った判断をしていました。

 それよりも “・・・はどうなってるんだ”などという勝手な発言のある現場と本社のテレビ会談?の映像をみて、彼らには危機管理の認識が全く無いと感じました。もしも私が現場責任者であれば、“いい加減にしてくれ。こっちは忙しいんだ。そっちの考えをまとめてから言ってくれ”と思ったことでしょう。私たち医師は現実に重症の患者さんたちを目の前にして学んでいくことができます。でも起こってはいけない原発事故で実際に勉強することはできませんし、皆がいざという緊急事態を寝食忘れて考えていることはできるはずがありません。だからこそ重要なことであるほど、彼の判断なら任せられるという人物を危機管理の責任者に決めておいて、その人はその責務に応える。いざというときにはその責任者の指示に従うことが当然だと考えます。東京電力には危機管理のシステムがなかったといえます。

 もう一人恥ずかしいのは菅直人首相です。その“立ち位置”を自覚しておくことはリーダーにとっての最低の条件です。この事故で放出された半減期30年のセシウム137総量は3ヶ月時点で広島原爆の約168個分だそうです。また半減期が数万年のウラニウムやプルトニウムも含まれていたということです。冷却水の漏れや放出による海洋汚染も、一度海へ出ると希釈されて正確な評価は難しくなるでしょうが、それなりのレベルにあったと思われます。あの事故の時点で、管首相は人類を代表して地球に対して責任を負う“立場”にあったのです。彼は記者の質問に対して自分がとった行動の記録をさせていなかったと答えました。たとえ自分の判断、行動に間違いがあろうと、その間違いを正確に残しておくことは失敗を繰り返さない意味で次の人々にとって大きく役立つのです。ノーベル医学生理学賞の山中教授は失敗の中に大切なことがあったとおっしゃっています。だから管首相は少なくとも将来の人類のために正確な記録を残しておくべきだったのです。もしも記録していながら国益などとして発表していないのであれば、その“立ち位置”がわかっていないことになりますし、本当に記録をしなかったとすれば、同じくその認識がなかったか、自己の保身のためであったとしか言えず、日本のリーダーとしては恥ずかしい限りです。そのような人物が我々のリーダーであることもあるのです。

 さてもうひとつ、日本の原発は全て海に臨んで作られています。勿論これは冷却水として海水を利用できてコストダウンが図れるという利点があるわけですが、いざというときには海を利用しようという心積もりがあったのではないかという可能性は私にも思い浮かびます。実際に我々は今回の事故で世界の国々にそれなりのご迷惑をかけたと言えます。それなのに少なくとも同じ状態で海辺の原発を再稼動させたことは他の国々に対して私は日本人として恥ずかしく思えます

このことを書くつもりになったのは、安倍政権がさらに原発再稼動の方向へ舵を切ろうとしているからです。後日ですが112日の新聞に地震、津波、テロなどへの対策案に“第2制御室”の設置の義務化を盛り込んだとありました。これは私の想像通り、制御室がテロの標的になりうることを示していると思われます。少なくともその必要と考えている第2制御室のない大飯原発が再稼動させたままであるのは話しが合いません。またアメリカが管首相に対して自衛隊を使ってでもの緊急の放水による冷却を強く勧めていた経過が特集されていました。アメリカが常日頃日本に対して、内政干渉にあたりうるそのような申し入れをしていたのかを知りませんが、やはり世界に、地球に関わる問題と認識したからこその行為であったろうと思います。

稼動していなければ核燃料の放射能の影響はごく狭い範囲に留まります。原発が稼動しているということは連続した核分裂をしている臨界状態にあるということで、場合によっては原爆の2つめの問題である大規模な放射能汚染を再び起こしうるという状態です。電力各社が絶対安全と言っていた原発は、悪意のない自然災害で、地震から津波到着まで約50分の猶予があったにも関わらず実際に大事故をおこしたのです。ソフトとハードの総体として不十分だったといえます。巧妙な悪意は自然災害よりもより大きな問題を起こしうると思います。そしてテロは悪意があれば明日にでも起こりうることなのです。

あなたはこのような危険のある場所に住むことができますか?

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